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島田紳助の名言から学ぶ、上手くやる必要はなく客を満足させれば良い

公開日: : 最終更新日:2014/09/25 学び

島田紳助が考えたカタチの漫才は1980年代の漫才ブームで時流のスタイルだった。
当時の漫才ブームで圧倒的に先頭を走っていた人気に漫才コンビの3組、

  1. ツービート
  2. B&B
  3. 紳助・竜介

この3組だ。

そして、『島田紳助から学ぶ、成功している人をパクる技術』でもお話したように紳竜はB&Bをコピーしてた。
これは紳助自身がその事実を語っている。

紳助・竜介の漫才は下手くそな漫才だった

若者に圧倒的な人気で支持を得ていた紳助・竜介。
見た目はツナギで頭はリーゼントで不良の格好。

そしてこれまでになかったような、
「オレは京都の私立の高校で、竜介お前は大阪の工業高校やろ?私立の方が頭ええねんで」
というような作家が書けないようなネタをしてそれはそれは当時斬新だった。

当時のプロデューサーもその紳助・竜介の新しいスタイルに驚いていたと語っている。

しかし、紳助本人は紳竜の漫才は決して上手くない。
下手クソな漫才だと言った。

それは紳助がコンビを結成する前から世に出るための戦略だった。

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売れている漫才師を分析した結果・・・

紳助の目的は優れた漫才師になることではなかった。
紳助の目的は自分自身が世に出ることだった。

だからどうやったら世に出れるかを考えつづけた。
そのために、自分が面白いと思う漫才師や名人と言われる漫才師のテープを自分でとって、
漫才の内容をすべて紙に書き起こした。

その結果・・・

当時は大スターだった海原千里・万里(上沼恵美子)を分析すると、
オチのパターンが8割同じだったと紳助は話している。

他にも売れている漫才師を紙に書き起こすと、
間の数が多いコンビと少ないコンビの違い、
オチに入ったときの文字数の違いなど
徹底的に調べあげたという。

そういう分析をした結果、目的の世に出るために紳助が考えた結果はこうだ。

見てる人なんかそんなこと気にしてへんのよ。
オモロイかオモロないかしか見てへんのよ、お客さんは。
だったら下手でもオモロかったらええわけよ。
上手いっ!なんて思われる必要ないわけよ。

と言っている。
つまり、紳助は間の数なんかどうでもよくて、
オモロイっ!と思われるために間の数を減らして失敗する確率を減らす作戦をとったのだ。

ちなみに、さきほど上げた当時先頭を走っていた3組は、
3組とも同じことをしていたそうだ。

3組とも片方が一方的にしゃべりリズムを作って間の数を減らすスタイルだったということだ。

お客さんは自分のことしか考えていない

これはビジネスの世界でも同じことが言える。
劇場にきたお客さんは漫才師の漫才テクニックをみにきているわけではない。

お金を払って劇場にきているわけなので、
紳助が言うようにオモロイかオモシロくないかしか興味がない。

つまり、これはいいえ変えると客は自分がどうなれるかしか考えてないということだ。

これを理解できていないから商売も上手くいかないことが多々ある。
自分はこうしてこうすればお客さんにこう思ってもらえるだろうと商品を売るのだけど、
お客さんは「商品自体には興味がない」。

商品に興味があるのではなく、その商品を買うことによって自分がどうなれるかに興味があるのだ。

つまり、紳助・竜介を見て自分がそういう気持ちになれるのかしかお客さんは興味がない。
これは非常に重要なポイントで多くの人が死角になっている箇所だ。

20代前半の紳助がそれを理解していたところがすごい。
だから他の事業をやってもことごとく成功するのだろう。

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